サダオ10才の夜
その夜、せんべい布団に入って寝てました。入口の引き戸がごとごと鳴って、遅い時間に父親が帰って来たと気付かされました。靴も脱がず、その足で手拭いとブリキの洗面器を持って、五、六歩先の、路地の脇にある水道栓柱へ行き、蛇口をひねり水流してるのが、手を取るようにわかりました。
我が家は路線バスが通る大浦石橋通りからすぐの路地に沿った古い平屋の木造瓦葺の三軒長屋の奥にありました。壁が薄く、外の様子が判り易かったです。
遠くから屋台の笛、チャルメラの音が聞こえて来ました。♬ パラらーらら、パラらぁ〜らららぁーー...皆、寝静まった静かな夜….うららかな夜….平和な夜でした。徐々に哀愁をおびたその音色が近づいて来ました。路地通りに達したであろう、音がよく聞こえたその時。
「やっか、ましかァー-!!! 今、何時と、思っとっとっかああァーー!!! こん、時間に、ラーメンばあァ、食う奴のおん、もんかああァーー!!!」(*)
静寂を揺るがす超罵声、超怒鳴り声は近隣住民を叩き起こさんばかりに夜空に響き渡った。どこの馬鹿か!? どこのキチガイか!? チャルメラはおろか、一切の音がしなくなった。野良猫の恋のから騒ぎ連中は蜘蛛の子蹴散らすかのように、どこ行った?
そして...オヤジが、ぶつぶつ何やら言いながら、ごとごとと、戸締りする音がした。
サダオ10歳の夜….
(*)注訳 「うるさいですよ。今、何時だと思いですか? この時間に、ラーメンを食べる方が居るのでしょうか? 居ないと思いますけど?」
2022.1.15記