フクロウが水浴びした夏
21年前の夏の短い間、四畳半の私の部屋の、作り付けの本棚の天板にはフクロウがいました。
ある日、出勤すると直属の上司から声を掛けられ、階下の部屋の中へ連れて行かれて、奥のダンボウル箱の上蓋を開け、覗くと、まだちじれ産毛が残る一匹のフクロウと目が合った。
朝の出勤時、鋳物工場建屋の傍を歩いていたら、道の脇に佇んでいたのを保護したそうな。野良猫が出入りしているし、カラスも心配とのことでそのままにはできず、職場まで抱っこして、ダンボールへ入れたとの事だった。私には長い躊躇(ためら)いはなく、私が飼いますと家に連れ帰った。
家のどこを彼(彼女?)の居場所にするか少し悩んだが、玄関からすぐの二階への階段の手前の一角に、脚立を置き、その天辺に止まらせた。片足首に3m程の細くみ紐を結んでやった。
4,5日経って足紐を解くと、階段を上へ羽ばたいて、2階の寝室の箪笥の頂部で止まていたが、私の部屋の方へ追い立てたら本棚の上へ、そこが彼の別れまでの居場所となった。
昼間はあまりそこから動いていないようだったが、夜になるとやはり活動的になって、狭い部屋中を頻繁に移動していた。
エサは近くのフードセンターの鶏のささ身とレバーを、生のままあげていた。
何が大変かって?糞の処理ですね。以前、カラスとトンビを飼育したことがある人からの聞いた話ではカラスは糞をすぐ下に落とすが、トンビは糞を飛ばすので広範囲に汚れると言ってました。フクロウもその通りで、飛ばしまくっていた。部屋のいたるところに新聞紙を敷きました。何せ、机、椅子、少しではあるが家具も置いてあるし、日常の衣類もある。彼の悪気のない糞攻撃から保護するには、それらを覆いかぶせねばならなかった。
時には、フクロウを珍しがって見知らぬ客が何人か訪れた。普通の生活空間の部屋にいるので、驚いていたようだ。
フクロウについて、色々調べるとフクロウは水浴びをしない、とあった。時は夏、ましてや彼が鎮座しているのは二階の天井下、熱が一番こもる場所だ。試しに、板張り床に洗面器に水を溜めて、置いてみたところ...しばらくすると、目の前で、少しの間だがバシャバシャとしっかり水浴びをした。
夜に部屋のドアを開放するとすぐ、部屋を出て、短い廊下を行き来するが、階段の階下には行こうとしなかった。飛ぶときはバタバタと音はしないし、ホバリングしながら向きを変えていた(かっこいい!と思った)。
昼も夜も部屋の南窓は半分網戸だけにして、風通しに気を付けていた。ある時、網戸の網が嘴であろうか傷ついていた。だんだん傷が大きくなっていった。活動時の夜、彼は外に出たくってしかたないのだろうと解った。
数過日の夜、私は就寝前に網戸の傷へカッターで大きく十文字を入れてやった。自然界で無事生きていけるようにと祈りながら。
翌朝目覚めると彼は居なかった。一言の惜別の挨拶も書置きも無く、その後のご無沙汰の顔見せも一切無く、姿を消してしまった。
彼が居た痕跡の白い糞の落とせなかった汚れが、壁や床のそこかしこに今でも残っている。
2022.6.14記